大好きな大好きな八百屋のおばちゃんが

黄泉の国へ旅立った。



本当に数少ない完全な僕の味方。


おばちゃんとは血縁関係こそ無い。


でも、今、血が繋がってなくても

同等にと言うより、

血縁関係なんてどうでもいいくらい

寂しさを感じている。




て言うのも、母がいなくなってからは、

一番母を愛してた一人だと思ってるし、

いつだって本当に僕の事を励ましてくれた。

世の中で一番無条件に僕の味方だったと本当に思う。


金沢の祖母が亡くなったときも精進料理に腹へって、夜

葬儀場抜け出してラーメン食いに行ったときも。

『あんたら、若いんやし、ばーちゃん怒らんわいね。食べておいでー』


能登ではその日生き物をたべるのがご法度。

宇都宮とは大違い。そこだけは宇都宮の方がいいわー。

そんでも、笑って送り出してくれた。




母が病気になったときも、いなくなったときも、

一番声かけてくれた。


いなくなってからも、沢山母の事聞かせてくれた。

八百屋のおっちゃんと銭湯に行ってた話。

お洒落さんだったはなし。

青柏祭の話。城山のはなし。

おばちゃんの作った料理の味は、

母の味と同じだった。


それが凄く嬉しかった。

もう二度と食べられない味のはずだったから。




そして、そんなの知らんとヤマト醤油に惹かれて

お店で使うようになって、

おばちゃんちもヤマト醤油だったのを聞いたときは

やっぱり、本能の味なんだと驚いた。


茶碗豆腐もそう、夏に行くと僕が大好きなの知ってて

必ず買っておいてくれた。





もちろん、年齢もあるし、生き物にゴールがあるのはどうしようもないし必然な事。


それでも、味方がいなくなった寂しさでイッパイです。

母の味、母の事、聞かせてくれる人が

一人減りました。



まっちゃん、まっちゃんと、

楽しそうに話してたおばちゃん。


命日まで合わせなくてもいいがいね。


でも、それもまた、

例え偶然だとしても、

最高に嬉しすぎます。その日選んでくれたのですか?



おばちゃん。あんとー。

沢山守ってくれて

あんやとー。

じーちゃんと喧嘩しても、おばちゃんだけは

絶対に僕の味方でした。






これからも、七尾には定期に的には帰って

会いに行きます。ひろちゃんと沢山想い出話しますね。




暫く行かなかった時には

『七尾嫌いになったかとおもった』

って、冗談で言ってたけど、

そんなはず有るわけないがいね。



七尾は僕が初めて吸った空気の場所だし

母の残り香が七尾にありますので。



これからは、おばちゃんとの思い出も探しに

行くようになるのですね。


こんなに、ありがとうしか

出てこない人、中々いないと思います。



感謝と楽しかった想い出しかありません。


お店は休んだけど、


本当に最後までいられて良かった。