まず最初に行ったのは丸岡城。山の上にあります。

柴田勝家の甥の勝豊が築城しました。現存する天守閣では最古のお城と
言われています。

しかし写真撮ってない。デジカメ忘れてん。

で、携帯での撮影。
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そして、ここでインパクトがあったのは、

お静の話です。(クリックして大きくしてね)
2012.08.21










人柱にする事、約束守らない事、腹立たしかった。

で、そこから車で30分くらい走ると福井の市内に入ります。

福井城址。織田信長が浅井・朝倉を滅亡させた後、

日本海側の支配する為に柴田勝家を北の庄城(福井城)に

入れました。そして豊臣秀吉との賤ヶ岳の戦いまで納める。

ただ秀吉に焼かれた為、福井城としては、第2期の結城氏の

方が形としては残っているみたいです。
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そして伝説の様に密やかに残っているのが柴田神社。

恐らく昔は同じ敷地だったのでしょうね。車で5分ほどです。

そこにはお市(信長妹)の像NEC_0102


















浅井長政の娘たち(左、茶々・中の前、江・右、初)
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などがあります。浅井長政(小谷編)を信長が追い込んだ後に

お市は柴田勝家に嫁ぎます。

そして、豊臣に討たれた時に柴田と供に

自刃します。

その時の辞世の句が
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唯一の石垣。
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など北の庄の物は存在期間が短かった為、
はっきりした物はあまり残ってません。
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豊臣と宣教師の記録から制作されたのが、このレプリカ的な

城です。こんなだったのではと言われています。
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そして、

『権六さまー、利家でございますー』

叫んだ人がいたのは言うまでもありません。

その直後に

『茶々・初・江、前田様を頼りなさい』と
なりきった方もいました。
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そして、狭い土地ながらも熱さを感じた柴田神社を後にして、

チャンピオンのカレーに向かうも定休日。

途中でお蕎麦を食べ、一乗谷へ。

ここが浅井長政の上役の朝倉家の陣地。

そして最近ではお父さんの実家らしい。知らなかった・・・

下が朝倉本陣。見えるのが発掘された武家屋敷跡など。
珍しいくらいに綺麗に残っているらしい。
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朝倉と言えば、古くから栄えた越前の大きな大名。
こんな山奥に何故?
街並から見ると、A型だったのかな?

綺麗に整頓された街並みに、保険をかけるような、
逃げ道。だから民は安心して暮せたのかも??
あくまで個人的にですが、そんな事を連想していました。

で、その後に佐々木小次郎が燕返しを生み出したと言われている
一乗滝へ。水がすんげー冷たかった。
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景色は凄くきれいな一乗谷でした。

意外と縁の無い福井県ですが、ぜひ行ってみたら良いと思います。