駆け足で安土の博物館と信長の館を見て、次の目的地

長浜へ。8号を彦根まで走り、時間を買うためにもそこからは、

高速で向かいました。13:00過ぎに長浜到着。

365号線に出て、野村橋を通過。

過ぎ去る瞬間に姉川がここだと気付きながら、帰りによる事に

して、浅井長政公の小谷城へ。

 

信長派の僕には謀反を起こした悪い奴。

でも、凄く仁義を大切にした、良いイメージの武将です。

知らない方の為に簡単に説明すれば、親を取るか、義理の兄を取るか?

この選択を迫られた方です。

その結果親を選び、自刃に追い込まれました。

 

ただ長政公の嫁で信長公の妹の市を助ける為の、信長公と秀吉公、

長政公の駆け引きが、鳥肌立つくらいに美しいですね。

だからこそ非常に行きたい場所でした。

 

365号から入った所に小谷城はあります。

山のふもとにも駐車場があるのですが、中腹にもあるみたいなので

車で向かいました。

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まず最初に見えてくるのがお茶屋跡。軍事施設の所です。

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そして馬洗池。ってここまで馬が来た事にビックリしました。

ちょろっと馬には乗れますが、ここまで来るのは、

結構怖い、急な角度を登ってきます。

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安土と違って、本当に城というよりは、山道の登りでした。

枯葉と枝の積もった山道を歩きます。

クマが出てこない事を祈りながら・・・

 

ここだけは、うっって思ったのが首据石。

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そしてすぐそばに桜馬場があり、その上にすぐ大広間跡が見えてきます。

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右の写真を見ると分かると思いますが、少し高くなっている所が

本丸跡です。

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そこで、地元のボランティアガイドっぽい人と小学校の校長先生と

出会いました。

色々と説明してくれました。

その中で印象的だったのが、校長先生は遠足の下見に来ていた

みたいですが、地元の小学生は小学校に入ると、必ず小谷城を

一番下から登るみたいです。

そして素適だと思ったのが、各自で作った武将の様な衣装を着ながら

浅井家か長政公の歌を歌いながら登ってくるみたいです。

それは親の代から続く伝統行事みたいです。

素適やん

ここからは、その方達と道中を供にしました。

 

さっきの本丸跡から無理やり山を滑り降りると赤尾屋敷跡に出ます。

ここは一番上の地図を是非御覧ください。

信長軍に追い詰められた、長政公は、このルートを通り、

赤尾氏に介錯をしてもらい自刃したと言われています。

(BY僕が読んだ本と、ボランティア風の人の話)

でも、右下の看板には戻れなくって書いてありますが・・・

さて真実は??

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ただ、真実はどっちにしても、ここだけは本当に胸が熱くなりました。

敵の妹を助ける心、なんとか味方にしようとした義理の兄の感情、

兄に討たれるのを覚悟して、それでも旦那と生涯を供にしようと決めた

女心。ここの戦は本当に人間臭さが溢れ出ていて、胸を熱くさせます。

僕は自然と手を合わせていました。

 

そして、きっと最後に見た景色なのでしょう。

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29歳です。

 

来年は長政と市の娘たちが大河ドラマになるみたいですね。

茶々、初、江の三姉妹。主役は徳川家に嫁いだ江です。

嫌味のない自慢されました(笑

色々準備もしているみたいですよ。

嬉しいのでしょうね!皆さん是非見てくださいね。

 

そして、一時を過した校長先生とボランティア風のおじさんに

別れを告げて下山しました。

 

安土と違った、何とも言いがたい思いで山を降りてくると、

そこで出会ったのがこの子。

 

バンビ!

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なんか妙にあったかい気持ちに戻りました。

ありがとう!

 

365号を長浜市街地方面に戻って約5分。

姉川の戦いの跡地に着きます。

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まー普通に川です。

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けど、400年以上前にここで大戦が行われた訳です。

織田徳川軍と浅井朝倉軍がぶつかったのです。

浅井連合軍にとって、この川が最後の砦でとなっていたのでしょうね。

もっとも、織田軍は一度兵を引き上げますが・・・

 

ここで痛恨のデジカメの充電切れ。以下携帯写真に変わります。

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姉川合戦で織田軍が陣取った横山城です。

時間が無く登れませんでした。

その横山城跡からインターの前の通りに出るとすぐあるのが、

信長が合戦当日に、本陣を構えたと言われる陣杭の柳です。

ここに立つ柳は、信長公が陣太鼓をかけて指揮をしたと言う

伝承があり『陣杭』は本来『陣鼓』と書かれたとも言われています。

現在の柳は3代目の木から枝を取った、4代目です(写右)。

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少しだけ時間があったので、この近くに石田光成の出生場所及び

供養塔があるみたいなので寄ることに。

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んー特別に興味はないかな!!

そして、遠藤直経のお墓により、退散する事にしていたのですが、

見つからない!!

そりゃそうさ。

田んぼのど真ん中に、本当にひっそりあり、

遠目には、全然見えないのですもの・・・

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こんな感じで姉川の戦いの関連場所も見て周りました。

書かなかったけど、徳川軍の陣取った岡山(勝山)とかも。

 

そして、本当の最後に長浜城へ。

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天守閣から見える琵琶湖。

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同じ長浜なのですが、姉川近郊とは全然雰囲気が違う、

現代的な場所です。

でも、浅井方面にしても、長浜にしても、あまり忙しさを感じさせない

ゆっくりした都市です。

 

本当に充実した3日間になりました。

歴史に触れる事で、現代に欠けている物がうっすら浮かんできたり、

文化に触れることで、その土地の人の愛情が見えてきます。

観光地も良いのですが、密かな旅も凄く良いものですよ。

 

さて次は本能寺の編になるのか?

それとも武田との戦いか?

また来年かなー、織田シリーズは・・・

 

おしまい!